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支援

2011/03/31 Thu

もう あの地震から 20日たっているんですね
早いような 遅いような…

↓ この撮影日が 3/18なので 1週間後には
支援部隊の車両が 来てました。

支援隊

こんな 車両とか ゲームの世界ではなく
現実なのですから いまだに 信じられません。

今日も 強い余震があって 
毎朝 余震が 目覚まし代わりになるくらいです。

いつになったら 落ち着くのやら…

いまだに ガスも復旧せず
風呂に 入れません。

近所の オール電化の人のご好意で
2度ほど お風呂に入らせてもらえました。

いつになったら ガスが復旧するんだろう。

ゆっくりお風呂にも入れないので
疲れもとれずに ぐったりしてますよ。

復興までは 時間がかかりそうですが
いろんなものが 前には 進んでいるようです。


 
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正解

2011/03/28 Mon

~ 配給で感じた事 ~

震災直後は ガス、水道、電気 全てが止まり
食べる事も困難な状態でした。

そんな中 前回の記事でも 触れましたが
配給や ボランティアの皆様のおかげで
なんとか 食べる事ができました。

ただ 配給の行われる日時や場所が
うまく伝わっていなかったと思います。

私も まったく知らずに 自転車で避難所を
通りかかった時に 偶然に知ったり 
近所の人の噂などで 確認できる程度でした。

そんな中 こんな出来事がありました。

近所の噂話として 避難所で配給があるらしいと聞いたので
食べるものをもらいに 行きました。

9:30までの 配給らしく
私が行った時間が 9:30ちょっと過ぎていたので

配給の係りの人に

「9:30までが配給時間です、本来は時間が過ぎているので
 あげられませんが 今回だけは あげます。時間通りに来てください。」

と 強い口調で言われました。

私の後に 来た人も 同様に言われていたので
おじさんが 「なんだ その言い方は!」と 口論になっていました。

おじさんの怒る気持ちも分かります。

私も 言われた時は 怒られている感じがしたし
ちょっと時間が過ぎただけで 貰えないなんて…
こんな時に 気持ちがないと思いました。

ただ 冷静に考えると 配給の係りの人も
町内の人です。同じ被災者なのです。

自分の家の片付けや 家族の事を後回しにして
ボランティアでやっているのです。

配給時間を守らずに ダラダラと配り続けていると
いつまでも終わらないことになります。

配給係の人のことを考えると
時間を守ることも 大切だと感じました。

大袈裟で 極端な考え方になってしまうけど

たとえば 私が 時間に数分遅れて
食べるものを貰えず 子供に食べさせる事ができなくて
子供を危険な状態にしてしまう状況だったら

同じように 怒って 食料をよこせと言っているんだろうか?

いつものように おとなしく 文句も言わずに帰れば
配給の人は 時間通りに帰れて 私はいい人でいれるのだろうか?
 
そんな 人間としての 様々な心の変化や 葛藤が
一番 つらく ストレスになっています。

周りの人を 見てると そんな心の問題が
今 一番の問題だと 感じます。

人として 何が正解なのか
誰が 正解を 決めるのか

難しい問題ですね

支援

2011/03/27 Sun

地震後 多くの人は 電気、ガス、水道がない状態で
食べることも困難でした。

救援物資の配給は 実施されていたようです。

ただ 何時に何処で実施されるという情報が
まったくないので もらえる人 もらえない人がいました。

私もたまたま 外にでたら みんなが 並んでいたので
とりあえず 並んでみるという感じです。

大勢の人です。お年寄りや家から出られない人は 
配給を受けることができなかったと思います。

配給

寒い中 何分も待つのは とても大変です。
年配の方などの健康面が心配されます。

続きを読む

電気

2011/03/26 Sat

~ 地震発生から 数日後 ~


無事に妻の実家にたどり着き
その数時間後に 妻の父も無事にもどり
とりあえずは 一安心

しかし 停電で 真っ暗な状態で
ロウソクの明かりのみです

暗闇の中 ラジオの音声だけが流れ
必死に何が起きているのか 聞くことしかできません。

その間も 余震が何度もあり
一晩眠れずに 朝を迎えました。

幸い 妻の実家は 水だけは止まっていなかったので
飲み水には 困りませんでした。

ファンヒーターではなく 石油ストーブがあったので
ストーブの上で お湯も沸かせたし
お茶やインスタントコーヒーで 体を温めました。

ストーブの上で ご飯も炊けたので
何とか 食べることもできました。

停電で 携帯電話の充電もできず
テレビもつかない ネットもできない状態では
ラジオでの音声のみの情報しかなく
実際 何が起こっているのか 正しく知る事ができませんでした。

太陽の光で 明るくなっている間だけ
家の片付けができる状態なので
片付けが全く進みませんでした。

この状態で 3/15まで 過ごしました。
3/15の朝に 電気が復旧した時は
涙が出るくらいに うれしかったです。

テレビをつけ 震災の状況を確認し
現実なんだと 絶望することにもなりました。

ただ 立ち止まっているわけにもいかないので
生活を戻すためにも 次々とやらなければいけません。

自宅が心配だったので 車で戻りました。
多数 建物にひび割れがあるものの
倒壊していない状態でした。

ただ 電気、ガス、水道のライフラインは
完全に断たれた状態で 住める状態ではありません。

当分は 戻れそうにないので
着替えや 必要なものを取りに 部屋に入り愕然としました。

食器棚や 大きな重いタンスまでも 倒れ
足の踏み場もない状態でした。

子供が気にしていた 小説やマンガも グチャグチャの状態でした。

子供が 部屋に戻った時に ショックを受けないようにと
この中から 本をかき分けて探し 少し整理しました。

少しのお小遣いから 必死に買い集めたのを知っているので
ほんと 悲しくなりました。

地震後

部屋の片付けで 体力的にもきつい状態ですが
なにより 精神ダメージのほうが きついです。

負けるものか 家族を守らなければと思い
なんとか ココまでこれました。

子供部屋を確認した後は PCが無事なのか… 
ソレだけが気がかりでしたが
こうして ブログを更新できているわけなので 無事でした。

あと PSPを探しだし コレも無事でした。
ほんと 宝探し状態です。

でも こうやって 探せるだけ 私は幸せです。
津波で何もかも 流された人もいるわけですから…

日々 テレビで 安否確認の放送を見るたびに 心が痛みます。

安否が分からない状態は 相当な心のダメージでした。
私も 携帯の充電も完了したのに 全然つながらない状態で
母や姉の安否が不明の状態した。

何度も 両親に連絡をとり ようやくつながり
母と姉の無事を確認したときは 泣き崩れました。

生きていてほんとうによかった。 っと心底思いました。


~ 防災ポイント ~

懐中電灯とラジオは必須です。
できれば一緒になっていると便利です。複数あれば尚いいです。

ただ 複数持つときのポイントとして
乾電池の種類は 同じものがいいです。

私も 懐中電灯とラジオは 複数もって準備していたのですが
ラジオは単三で 懐中電灯は単一と種類がバラバラだと
数種類の電池を用意しなければなりません

電池の種類を統一しておけばよかったと思いました。   

到着

2011/03/23 Wed

~ 11日 地震発生から 数時間後 ~


街中が あれほど暗くなったのを 初めて見ました。
信号も点灯せず パニック状態で あふれる車と人

現実とは 思えない光景に ただただ 呆然と歩き続けました。

何か飲み物でも買おうと思っても
コンピニも 地震でグチャグチャの状態で営業してないし
自販機も 停電で動いていない

食料もなく ライフラインが断たれた恐怖に
気がついた時には すでに遅く
暗闇で 何もできない状態でした。

大人でさえ この恐怖
子供はすでに 無言で 足取りも重く…

無常にも 家まで かなりの距離

すでに2時間以上は 歩いて
心身ともに 限界でした。

そんな時 子供の携帯に 妻からのメールが届き
妻は無事で 実家にいて みんな無事だという知らせが届きました。

ほんと みんな 無事でよかった
生きていてよかった それ以外ありませんでした。 

妻と妻の家族の安否が確認できたので
ホッとし 母の声を聞いた子供は
今までのことが嘘のように元気になりました。
母の力は 偉大だなぁっと感じました。

「ハルヒの新刊 予約してたけど あれ どうなるんだろ? 」
っと ようやく いつもの子供の様子に戻ってきたので安心しました。

子供は自分のお小遣いで 小説や単行本を買っているので
とても心配していました。
心配するとこ そこかよって感じで 話題も明るくなりました。   

震災は もう現実で 何を言っても どうにもならない
貴重な体験として 前向きに考えようぜ
と 子供に言い聞かせながら 歩き続けました。

飲み物を売っている店をみつけ ジュースを買い

おっしゃぁぁぁ どこまでも 歩いていくぜぇ!!
おおぅ!

っと なったところで 運よく タクシーが停車
迷わず ダッシュして タクシーに乗りました。

大渋滞で タクシーも捕まらず
歩くしかない状態だったので
ここで タクシーが止まったのは 
ほんと運がよかった。

妻の実家まで なんとか辿り着き
ようやく ほっと 一安心できました。

安心できたのは ほんの わずかで

ここから 本当の震災の恐怖を知りました…


つづく

暗闇

2011/03/23 Wed

~ 11日 地震発生から 数時間後 ~

私の実家へ なんとかたどり着き 父と再会しました。

母や姉とは連絡がつかない状態でしたが
子供が 学校へ戻りたいとしか 話さなくなったので
子供のパニック状態を 落ち着かせる為にも
一度 子供が通う小学校へ 戻ることにしました。

父とは お互いに生きてがんばろうと約束し別れました。

小学校へ戻る道は かなりの人で 
信号も止まっている道路は 大渋滞です。

移動中も 何度も 余震があり とても怖かったです。

なんとか小学校へ着き 教室へ戻ると
まだ 親に引き取られていない子供が 数人いました。

当然 停電で 教室は真っ暗な状態です。
ロウソクの明かりだけの
真っ暗な学校で とても不安そうな顔でした。

移動手段が 徒歩しかない現状では
迎えにくるのも困難です。
いつになったらこの子たちは親に会えるのかと思うと
かわいそうでした。

子供の方は 仲間に再び会えたので 少し元気になり
友達同士で 話をしているうちに だいぶ落ち着きました。

子供は小学校に泊まりたいと言って動こうとしません。

今は 友達がいるからいいけど みんな引き取られて帰ってしまう。
その後は真っ暗な教室で 一人になるんだよと説明しても
まったく 聞き入れず 教室から動きたくないと拒否されました。

学校は比較的安全で このまま泊まっていてもよかったけど
真っ暗で寒いし 何より 妻や妻の実家が心配です。

学校にいても 状況が変わらないので
まずは 妻のところに 帰ろうと子供に言って聞かせました。

子供は 恐怖から もう動きたくない
移動中に 地震にあって 建物が倒れたりしたら怖いと
また 動かない状態です。

私は 妻や妻の家族が心配でした。

妻も子供や学校とは連絡が取れない状態なので
とても心配しているはず。この状態でいろいろと探されて
移動されても困ると思い、まずは妻に会うことを優先しました。

恐怖からパニック状態の子供に何度説明しても 
理解してもらえません。泣くばかりで 時間がだけが過ぎて行きます。

お父さんとおまえで お母さんを助けに行こう!

ようやく納得したのか「わかった。移動してもいい」と理解された頃には
もう まわりが 真っ暗な時間でした。

真っ暗なのは 夜になったからなのか
停電で 街中の電気が 消えたからなのか…

それすら わからないままに 妻の下へ 歩きはじめました。

渋滞と 大勢の人 余震 暗闇

いつもは 賑わう仙台駅ですら 闇に包まれ 恐怖以外の言葉はありませんでした。

地震後 仙台駅前


つづく



久々の更新…

んだってさ ガソリンないから 移動手段ない
自宅をかたづけるにも 妻の実家から 動けないし…

ガソリンスタンドには 毎日 長蛇の列です。

入荷予定も未定だし いつ給油できるかわからない状態。

なので スタンド前で 寝泊りし 待つ事 3日…

3日待って ようやく整理券をもらえただけで ガソリンはまだ入れてもらえませんよっと。

ガソリンの流通は 正常に戻りつつあるって報道あるけど
さっぱり 戻ってないです…


約束

2011/03/19 Sat

~ 11日 地震発生から 数時間後 ~

地震発生後 徒歩で 子供が通う 小学校へ到着

すでに子供を引き取って帰宅していた人が多かったけど
教室には まだ 親を待つ 子供が多数いました。

可愛そうだけど どうすることもできず
まずは 子供を引き取り 私の実家へと 歩きました。

当然 携帯は繋がらず その頃はもうバッテリ切れ状態

子供をなんとか 歩かせ 私の実家マンションへ到着
エレベータを利用せず 階段で 部屋まで上がっていく途中に
これまた 偶然に 父が降りてきた。父の無事を確認。

もし ここで 会えてなかったら
連絡方法も事前に話し合ってないので
実家との連絡や安否確認ができない状態でした。

感動の再会をしてるまもなく 余震が連発
危険を感じ 外へ非難しました。

父は生きてると確認できたが
母が車で外出中で 連絡がつかない状態。

とにかく 余震が頻繁に起こるので
近くの避難所へ 移動しようと提案したけど

父が 「母をココで待っている、移動したら連絡がつかない。」と
避難所へ行くことを拒否するので

私もどうしたらいいか もう パニックになりました。
父も私も 母の安否が確認できないので 
もう 何がなんだか わからない状態でした。

ただ 子供が 私達以上に もう 
恐怖でパニック状態になり
どうすることもできない状態になり
小学校に戻りたい と錯乱状態でした。

小学校では 防災訓練があり 
小学校は耐震にすぐれているから大丈夫と教えられていて
その事から 子供は小学校へ戻るの一点張り

子供は小学校へ戻る 父は危険な自宅で待つというし
もう私はどうすればいいんだ? っとホント 困惑しました。

まずは 子供を落ち着かせようと
小学校へ 戻ることにしました。

母の事は 父に任せることにしました。
私の親のことも もちろん心配ですけど

私も子を持つ 親なので
まずは 子供を第一に考え
父と別れ 小学校へ戻ることにしました。

お互いの家族を お互いに守ろうと
父と約束し それぞれ 別れることにしました。

今後 どうなるかわからない状態だったので
コレが父に会える最後になるのではないかと 
ほんとに思いました。


つづく



~ 防災ポイント ~

避難場所を確認しておいて下さい
近くの学校とか 広い場所だと思うけど
経路を確認して下さいね。

海沿いや川沿いの人は 津波を避けるためにも
高い場所や 高層マンションの場所も あわせて確認したほうがいいです。



連絡方法

2011/03/17 Thu

11日 地震発生後 近くの避難場所へ移動

移動の際に 慌てずに 荷物やコートを持ち
しっかりと 防寒できたのは 今になって思えば
とても重要なことだと思います。

避難場所で 余震がおさまるまでの待機中
外は吹雪いて とても寒い中 1時間以上 外にいました。

職場のみんなも 防寒はしっかりと出来ていたので
あわてずに この時期は 防寒をしっかりすることが大事ですね。

会社があるビルの安全が確保できないとのことで
そのまま 解散となりました。

そりゃ もう仕事どころじゃなく
私も 家族の安否が 心配で
携帯で かけまくったけど さっぱりつながりませんでした。

子供も 学校だし 妻も家に一人でいるし
実家もどうなっているのか…

そのうち携帯のバッテリはなくなるし
連絡がつかないことが かなりのダメージになります。

なので 今後に備えて 災害時の安否確認や 
家族との連絡方法は 今のうちに 必ず 話あって下さいね。

携帯電話は まずつながらないと思って
別な方法を 考えて下さい。

家を出るなら 玄関に 避難場所をメモ書きで
玄関に貼っておくとか 各家庭で決め事を
作っておくことが大事だと思います。

それとここまで大きな地震になると 停電になり
仙台駅周辺は 信号もとまり 大渋滞が発生しました。

車での移動は ダメだと思います。

救急車両は 通れないし 今回の場合は
身動きが取れなくなったところに 津波が来たようで
かなりの被害になったようです。

私も 子供が心配で 子供を迎えに行きたいと思ったけど
妻が学校へ向かったのか それとも動けずに まだ向かっていないのか…
どうすればいいのか とても迷い 不安になりました。

事前に話し合っていなかった為 慌てて妻に携帯で連絡しようとしたけど
もうすでに遅く まったく繋がらずに とても焦り パニックになりました。

天気は吹雪きになり 妻が自宅から学校へ向かったのでは
信号も止まり 渋滞でどうにもならないだろうと 判断し
私が 職場の近くの避難場所から 子供の学校まで 走って
迎えに行きました。

道路は渋滞だし 地下鉄も動かないので
迷ってる暇もなく 走りました。

幸い 職場から 走れば1時間くらいのところが
子供の学校なので 今回は 助かりました。

学校へ着くと すでに ほとんどの親が迎えにきていました。
私も 子供の顔を発見できたときは ほんと
心底ほっとしたのと 生きていて本当によかったと実感しました。

子供に会えたのはいいけど 次は妻や妻の実家
自分の親や姉の 安否が気になり
ほっとする時間もなかったです。

移動手段は歩くしかないので 学校から私の実家まで歩くことにしました。
これも運がいいことに 子供の学校から 私の実家までは
歩けば 30分もしないので 子供をつれて 実家に迎おうとしました。

ただ 子供の精神的ダメージは深く
学校から離れたくない 歩いていて 地震にあったら怖いと
泣きパニックを起こしていました。

大人でも怖いのに 子供の精神ダメージは
かなりのことだったと思います。

ただ学校にいても 寒いし 妻や家族が心配なので
まずは 暗くなる前に 移動しようと 説得しました。

自分の実家へ行けば 何とかなると思ったからです。 


つづく


防災ポイント

・携帯電話は 確実に繋がりません。
 家族との安否確認方法や 連絡方法は 
 普段から必ず 話あってください

・車での移動は 慎重に!
 途中で 乗り捨てはダメだと思います。
 どうしても乗り捨てる場合は 緊急車両の邪魔になるので
 駐車場所を考えて下さい。鍵はつけたままにするのがいいそうです。


って コレ書いている間も 大きな余震が 2度も…
なんか 落ち着いてきたのか まだ ダメなのか

やっぱり まだ 安心できないです。

まだ 震災は終わってないぞぃ
これから まだ全国で 地震ありそうだから
ほんとに 注意してくれよー

今すぐ 家族や 恋人と 災害の際の
連絡方法確認よろしくね。

では 余震がまだまだ 続いている 仙台から お送りしました。

情報

2011/03/16 Wed

今回の地震で感じたのが
情報収集が 重要だということです。

停電になるとテレビもネットもない状態になり
ラジオのみの情報となります。

もちろんラジオも必須で用意しておいたほうがいいです。

が、配給の場所や時間 地域の情報は
口コミや twitterの情報が有効のようです。

pcのみでは 情報に乏しく pcが使えない環境では
配給すら受けられず 生死にかかわります

複数の端末や 情報収集方法の確保の
必要性をかんじました。

今は嫁の実家なので pcも自由に使用できないので
iPodタッチでの更新です。

なれない入力で ここまでかなりの時間がかかっています

そんでもって 今後に備えて twitterを登録してみたけど
いつも通り てきとうなのでさっぱりわかりません。

Twitterのアカウント merikamo
で登録してみたけど 活用法がさっぱりわかりません。

Twitterの達人 教えてクレヨン
Twitterまだの人は私と一緒に デビューしようぜぃ

発生から

2011/03/16 Wed

11日 14:46 地震発生

その日は 仕事で 勤務先のビルの中でした。
高層ビルの7Fにあるので かなりの揺れでした。

日頃から 地震が来ると かなり揺れていたけど
今回は もう ダメかと思うくらいに すごい揺れでした。

机の下に 隠れたけど しゃがんでいても 
移動してしまうくらいの揺れでした。

机の上の PCや すべてのものが落ち
電気も消え 今回ばかりは 死を 覚悟しました。

かなりの時間 揺れていたと思います。
おさまったかにみえ またすぐに揺れだし
もう パニックどころでは ありません。

なんとか ビルを降り 近くの避難所である学校に向かいました。

↓ 避難所での光景 かなりの人でした。 時計も 14:46で 止まっています。

11日 14:46

ここで 非難している間も 何度も余震があり
泣き出したり パニックになる人が 多数いました。

私も もう 何がなんだか 分からない状態になりました。


防災ポイント

・地震が起きても すぐに移動しない方がいいと思います。
 
 余震で 移動中に ものが落下する場合もあるし
 大人数で 逆に 身動きが 取れない状態になります。

・建物近くは危ないです。

・職場や学校の場合は すぐに点呼 安否確認

 誰がどこにいるのかメモに記録を残すのが望ましいです。
 大人数になると 点呼もとれず パニックになるので
 リーダーや代表を決め グループごとに行動させるのが望ましいです。


・地震発生直後は こんな感じで もうパニックになります。

宮城県の人は 地震に関しては神経質なくらいに注意していたと思います。
私自身も 宮城県沖地震を 体験しているので
日頃の防災や 準備に関しては かなり真面目に取り組み
準備も心構えも 完璧なつもりでした。

でも 実際は 何が何だか 分からない位に パニックになります。
集団心理が働くのもあり とにかく冷静にはなれません。

みんなも このブログを 参考に 
今から 大袈裟なくらいの 防災を お願いします。

被災した私の役目は 今後の 被害を食い止めるためにも
情報を発信していきたいと思います。

こっち(宮城県)は 余震はまだあるけど
落ち着いてきてます。

静岡県や 関東方面に 震源が移動してる?
気をつけてね。

また 情報発信できるときは また 書きにきます。


  

生きてる

2011/03/15 Tue

これを 書いているってことは 生きてるんだね
心配かけたね 大丈夫 何とか 生きてます。

みんなのとこは 大丈夫だった?

もし 大丈夫で 余裕があるなら
いろいろと 教えて下さい。

今 何が起こっているのかを…

地震後 電気ガスが使えずに
どこに連絡するにも携帯は つながらないし使えず
もちろん ネット環境もなく テレビもなく
街中 すべてが 真っ暗になりました。

ようやく 本日 電気が復帰し
自宅から まずは 情報収集の必要性を感じ
PCを運び出し ネットは利用できる環境にあります。

ずっと ろうそくで過ごし 
テレビも見れない環境で 
ロウソクとラジオのみの情報しかない状態で

まだ 何もかも 分からない状態です。

となりの福島県では 原発問題
ここ宮城も 女川原発があり

地震に 津波に 原発に…
もう わけが分からない状態です

日が経つにつれ 冷静になってきているつもりですが
何が なんだか 分からないのも現実です。

しかし まぁ 嫌な予感は 的中するもので
まさか前回のブログ記事から
こんな事が 待っているなんて…

今まで住んでいたとこは 半壊で 次 またでかい地震がきたら
完全に 崩壊するので 危なくて 住めない状態

なので 今は嫁の実家に非難しています。
非難といっても 嫁の実家も 近くなので
現状は 変わらないんだけどね。

今まで住んでた所も 嫁の実家の今いるところも
仙台市若林区ってところで ほんの数キロ先は海です。

幸い ここまで 波は来なくて
家族も 嫁の家族も 命は無事だった。

ただ 海沿いの被害がひどく
ニュースで見る限り 亡くなった人が かなりの数のようです。

次に もし でかい地震がきたら
ここも のみこまれる可能性はあるので安心できません。

でも 今は だいぶ落ち着いてきて
余震も あるけど 回数的には 少なくなってきています。

とりあえず とりいそぎ ココまでにして
私の 無事を報告します。

今は 生きてることへの 感謝しかないです。


さてさて 皆様も コレを機会に
まじめに 防災について
家族や 恋人と 話あってね。

待ち合わせや 携帯がつながらない時の連絡方法とか

現実感がないのは 私もだけど…

これから このブログは 当分 
地震関連記事になると思う。

被災した 生の記事が書けると思うので
ぜひ 皆様の 防災に役に立てればと思います。


って、 この記事かいてるときも 余震…


うおおお 何があっても 私は生きてやる! 

こんなイベント 
あっさり クリア してやんよ

地震

2011/03/10 Thu

地震が 頻繁に起こって 寝れないんだけど…

なんか 今に でかい地震が来そうで こわいです。

宮城県沖地震は 今後30年以内に99%の確率で起きると
かなり前から 言われていて

今回のが ソレなのか? っと 大きな地震があるたびに
ビクビクしています。

ニュージーランドの地震のこともあるし
メチャンコ ビビリマクリンコ

昨日から もう 何度目の地震かわかりませんが
勘弁してクレヨン

ながと

2011/03/07 Mon

おはもぉ

オレ ゾンビじゃないっす 魔装少女でもないっす

さてさて いつものように 早起きです。
本日は 休みなのに
昨晩 なぜか 早く寝てしまい
もったいねぇぃぃ 寝てられっかぁっと
飛び起きてるわけです。

今 朝7時前後だけど 実は5時半には 起きて
なんだ かんだとしていたわけです。

溜まっているアニメを消化していました。

そうそう 長門ではなく 
今を ときめく インテルの 長友選手
ついに インテルでの 初ゴールですね。

ほんとに すごいのぉ 

サッカーは好きで 見てるほうだけど
見るのが好きなだけで ヲタではありません。

アニメもそうだけど 
アニメを見るのが好きなだけで ヲタではありません。

なんか よく 周りで 
サッカーの話やアニメの話を振られるけど

それぞれ 好きに 見たらいいじゃん…

なんか 必死に 私はヲタです… みたいな必死な アピールがウザイっす

可愛いキャラや 好きなキャラだから 見てるだけです。

ハルヒ や けいおん だったり
今は ISや これゾン
そりゃ 見たら みんな かわいいもの 

スポーツ観戦だって

まおちゃんや みきてぃ見たいし
長友選手や 内田選手 かっけぃし
ボクシングや 格闘技も 面白いからね。

人それぞれの 感性で 
お楽しみ頂ければいいのではないでしょうか?

サッカーも 開幕し
これからは 野球に ゴルフに 楽しみですなぁ。

さて 本日は 何 見ようかなぁ
っと PC前に へばりつく生活が続き

お腹周りが気になりだした私は クソ虫です…



氷耐性強化

2011/03/03 Thu

めいどぉ

寒いの寒くないの どっちだよ って 寒いよ

モンハン3 まだやってるけど 寒がりの私は
私自身の 氷耐性を上げたいです。

上位クエも ☆7つの必要HR5まで ようやく全部おわり
残すは ☆8つのクエの 一部まで来ました。

この私が 1つのゲームを やり遂げるなんて ありえるのか!?
自分自身への 挑戦として がんばっています。

あー それと 以前から言ってる 雷狼竜の碧玉は
いまだに 出る気配すらないです。

もう ギルドカードを白までがんばってあげたので
金の山菜組引換券で 何とかする事にします。

そうそう この時期 唇が乾燥して ボロボロになるよね。

みんな リップクリームって 何使うのさ?
メンソレータムのリップとかでもいいけど

Savex サベックスって読むのかな
この Savexのリップって 

おいしいのさ

なんかメンソレータムとかのリップの 
にゅるにゅる感に馴染めずに
いつも 困ってたけど

このSavexと出会ってからは ずっと使ってます。

なんだろ うん とにかく おいしいって感じ

だって 仕事中 お腹すいたら リップ食べてるもの…

ぜひぜひ みんなも リップに悩んだら 

Savexを 買ってみてちょお 

つか リップクリームって 食べるんだっけ?あれ?
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